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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4147号 判決

原告 中込弘

右訴訟代理人弁護士 植野明

被告 株式会社東急百貨店

右代表者代表取締役 五島昇

右訴訟代理人弁護士 鈴木孟秋

同 長谷川拓男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告は、原告に対し、金二〇六万一〇〇円およびこれに対する昭和四六年五月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、昭和四五年一二月一三日午後三時ころ、被告肩書地所在の被告本店屋上において、同所に備え付けてあった別紙図面のような顧客サービス用のアルミパイプ製デッキチェアー(日本エスエス管工業株式会社製D2型以下「本件デッキチェアー」という。)に腰を掛けるべく、左手で本件デッキチェアーの脚のせ部分(別紙図面「事故発生部分」と表示した部分)のパイプをつかみ、体を支えるようにして後向きに腰をおろしたところ、その左手第四指が右パイプの部分と別紙図面記載の本件デッキチェアーの角度調節部分パイプとの間にはさまり、その先端部約一センチメートルが切断され、左手第四指第一指関節切断の傷害を受けた。

2  被告の責任

イ 民法第七一七条に基く責任

右事故(以下「本件事故」という。)は民法第七一七条にいわゆる「土地の工作物」たる本件デッキチェアーの設置または保存に瑕疵があったことに基因するものである。

すなわち、本件デッキチェアーは、前記のとおり百貨店の屋上に備え付けられていたものであるが、アルミパイプで造られた比較的大型のものであり、籐椅子や折たたみ式の小椅子のように簡単に持ち運びも出来ず、設置場所との定着性があるうえ、これに座るためには体を支えるためパイプ部分を手でつかまなければならないところ、これに腰をおろすと体重によってパイプが交叉する部分はその間が締まり、原告が負傷したとおり手指をはさんで思わぬ怪我をする危険性があるものであって、いわゆる「土地の工作物」にあたるものというべく、被告は右のように危険性のある本件デッキチェアーを設置しそのまま放置していたのであるから、これが設置保存に瑕疵があり、これがため本件事故が発生したものである。したがって被告はその所有者として民法第七一七条に基き、本件事故により原告が受けた後記損害を賠償する責任がある。

ロ 民法第七〇九条に基く責任

かりに被告に民法第七一七条による損害賠償義務がないとしても、前記事故は被告の過失に基因するものである。

すなわち、本件デッキチェアーは、前記のとおり用法によっては人に重大な傷害を与える極めて危険なものであるから、被告は、これを利用する顧客に対し、これが安全利用方法について特別の指導員を立ち会わせて説明し、或いは掲示板、説明書をもって周知せしめるなど事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、右のような処置に出でずして漫然これを放置した過失により本件事故が発生したものである。

したがって被告は民法第七〇九条に基き、本件事故により原告が受けた後記損害を賠償する責任がある。

3  損害

イ 労働能力喪失による損害 金一九八万円

原告は内科の医師であるが、前記のとおり左手第四指第一指関節切断の傷害を受け、患者の診療について少からざる支障をきたし、その労働能力は従前に比しかなり減少したものというべきである。

ところで、原告の本件事故による受傷前の平均収入は一か月金三〇万円を下らないところ、原告は本件事故当時五一才であってその就労可能年数は当時から少くとも一一年はあり、その労働能力喪失率は五パーセント(後遺障害等級表の一四級六号)であるから、原告は一一年にわたる一か月金三〇万円の五パーセントにあたる金一万五、〇〇〇円の割合による得べかりし利益金一九八万円を喪失し、右同額の損害を受けた。

ロ 通院交通費      金四、一〇〇円

原告は前記受傷の治療のため東京都世田谷区経堂一丁目一一番四号五十畑外科医院に昭和四五年一二月一四日から昭和四六年一月二三日まで四一日間通院し、一日金一〇〇円の交通費合計金四、一〇〇円の支出を余儀なくされ、右同額の損害を受けた。

ハ 慰藉料      金七万六、〇〇〇円

原告は本件事故により前記のとおり左手第四指第一指関節が切断され多大の精神的苦痛を受けた。右精神的苦痛に対する慰藉料としては金七万六、〇〇〇円をもって相当とする。

4  結論

よって、原告は、被告に対し、前記3項のイ、ロ、ハ、の合計金二〇六万一〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年五月二六日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実のうち、原告がその主張の日時、場所で本件デッキチェアーに腰掛けようとした際、その主張のような傷害を受けたことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  請求原因第2項の事実のうち、本件デッキチェアーが被告の所有であることは認めるがその余の事実は否認する、同項の主張は争う。

本件デッキチェアーは被告本店の屋上に休憩用として独立に置かれているものであって床面に固定されてもおらず、建物の一部になっているものでなければ、まして土地に定着しているものでもないうえ、一般に休憩用として、一般家庭、各種娯楽施設、別荘、海浜、プール、船の甲板などで使用され、婦人や子供でも折りたたんで持ち運びのできる軽量かつ単純な構造をもったものでありその構造上危険性は全くなく、したがって本件デッキチェアーは民法第七一七条にいわゆる「土地の工作物」には該当しないものである。

また、被告は本件デッキチェアーを含めこれと同種のデッキチェアー約二〇台を昭和四五年一〇月一三日、本店屋上に設置し、顧客はこれを日光浴や休憩に利用して来たものであり、本件事故当時まで約五、〇〇〇人の顧客がこれを利用したが本件のような負傷事故は全く発生していなかったものであり、本件デッキチェアーは前記のとおり構造上全く危険がなくその使用方法も簡単であり、これを使用するについて原告主張のような特別の指導員、掲示板ないしは説明書を必要とするものでもないから、被告が本件デッキチェアーを顧客に利用させるに際し右のような指導員の立会、掲示板等の用意をしていなかったからといって、この点に過失があると論難されるいわれはない。

3  請求原因第3項の事実のうち、前第1項のとおり原告が、その主張のような傷害を受けたことおよびその主張の病院で右傷害の治療を受けたことは認めるがその余の事実は知らない。

三  抗弁

かりに被告に本件事故について損害賠償責任があるとしても本件事故は、原告が本件デッキチェアーを使用するに際し、およそ通常人がこれを使用するにつき、手指を差し入れることのない原告主張のようなパイプ部分の隙間にその左手指を差し入れたため発生したものであって、本件事故発生については原告にも右のような過失があるから、その賠償額を定めるにつき斟酌すべきである。

四  抗弁に対する答弁

抗弁のうち、原告にも本件事故発生に過失があるとする点は争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告が昭和四五年一二月一三日午後三時ころ、被告肩書地所在の被告本店屋上において同所に備え付けてあった本件デッキチェアーに腰掛けようとした際その左手第四指第一指関節切断の傷害を受けたことは当事者間に争いがない。

二  そして、≪証拠省略≫を総合すると、原告は本件デッキチェアーに腰を掛けようとして、別紙図面記載の脚のせ部分のパイプと、脚のせ部分を支えその角度を調節するため内側に折り曲げることのできる角度調節部分のパイプが接触する部分の隙間に左手指を入れ同所の脚のせ部分のパイプ(別紙図面の「事故発生部分」と表示した部分)を把み、体を支えるようにして後向きにその脚のせ部分に腰をおろしたところ、右角度調節部分のパイプが、たまたまやや内側に折り曲っていたため、体重が加わったことにより外側に開くようにして動いたことから、右脚のせ部分と角度調節部分の二つのパイプの隙間に差し込まれていた原告の左手第四指が右二つのパイプに締めつけられるようにして圧迫され、そのため、原告は左手第四指第一指関節切断の傷害を受けたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

三  しかして、原告は、本件事故は民法第七一七条にいわゆる「土地の工作物」たる本件デッキチェアーの設置または保存に瑕疵があったことに基因するものであると主張するので、まず本件デッキチェアーが右の「土地の工作物」に該当するかどうかについて検討する。

ところで、右の「土地の工作物」とは本来地上地下に人工を加えて作った物ないしはこれと一体をなすものであり、建物内の工作物も、建物の一部としてこれと一体をなす内部設備等は「土地の工作物」というを妨げないが、右のような内部設備を除いて建物内に設置してある工作物については、その定着性を考慮し、さらに民法第七一七条の依拠する危険責任の法理から当該工作物それ自体の人に及す危険性の有無をも総合して「土地の工作物」に該当するか否かを決すべきところ、これを本件について見るに、≪証拠省略≫を総合すると

1  本件デッキチェアーは被告本店の屋上に顧客に対するサービスとしてその休憩用に床面に固定されることなく備え付けられていたものであり、その形状は別紙図面のとおりであり、その枠は直径二・五センチメートルのアルミ製パイプで作られており、背中をもたれる部分、腰掛け部分、脚乗せ部分はいずれもビニールレザーが張られており、その重量は五・四キログラムであって比較的軽量であり、簡単に折りたたむことができその運搬も容易であること

2  本件デッキチェアーは訴外日本エスエス管工業株式会社が昭和三五年に製作したものであって、同年から本件事故が発生した昭和四五年までの間に、本件デッキチェアーと同種のデッキチェアーは右訴外会社から全国的に約一万三、八六五台が販売され、一般家庭のほか、百貨店、プールサイド、保養所、船の甲板上などで休憩用などとして広く利用されてきたものであり、通常の用法に従って使用すれば格別危険な物でもなく、現に、これまで被告百貨店屋上に備えつけてあった本件デッキチェアーを含む他の同種のデッキチェアーに関し傷害事故等なんらの事故も発生したこともなく、前記訴外会社には前記のとおり販売されたデッキチェアーについて苦情や事故は全く報告されていないこと

が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件デッキチェアーはその設置個所との定着性は極めて稀薄であるうえ、人に危険を及す性質を有するものとは言えず、したがって民法第七一七条にいわゆる「土地の工作物」には該当しないものといわなければならない。

四  次に原告は本件事故は被告の過失に基因するものである旨主張するので、検討するに前記認定のように本件デッキチェアーは通常の用法に従って使用すれば格別危険な物でもなく、本件事故当時まで、本件デッキチェアーを含む他の同種のデッキチェアーに関しなんら事故もなかったのであり、その他本件デッキチェアーについて他の格別の損傷、ないしは故障部分の認められない本件においては、被告には、本件デッキチェアーを利用する顧客に対し、これが安全利用方法につき特別の指導員を立ち会わせて説明し或いは掲示板、説明書をもって周知せしめるまでの義務はないものというべく、したがって被告が右のような処置を採らなかったからといってこの点につき被告に過失があるということはできない。

結局本件事故は本件デッキチェアーの一般的な構造上の欠陥ないしは具体的な故障部分の存在によって発生したものではなく、専ら原告が本件デッキチェアーに腰掛けようとして体を支えようとして通常予想できない前認定のような僅かなパイプ部分の隙間に左手指を差し入れたことにより偶発的に発生したものというほかはない。

五  以上によれば、被告に対し本件事故に基く損害の賠償を求める原告の本訴請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないことが明らかである。

よって、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

〈以下省略〉

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